覚書5

早朝の車内で人々は同様に物憂げに揺れていた。
草が風で揺れるように電車の揺れに揺らされていた。

恰幅の良い中年男は、熱心にTwitterを検閲していた。
もりかけさくらをどれだけ説明してもまだ説明を求める連中に何を言っても同じだ。
そう書き込むと、こぜわしくその他の記事のチェックを再開した。

座席では制服の小学生が、帽子をのせた頭を上下にしながら眠りこけていた。
ドアの右側の猫背の小男は、せっせとスマホゲームに耽っていた。
小男はシャツをズボンに入れ、どうも中学生か高校生のようだった。
痩せた小男の埋没はある緊張を周囲に伝えていた。

車掌は駅が近づくと半身を乗り出し、外を確認していた。
帽子の下の目は眠たげに細められていた。
列車が速度を落とすにつれ、いよいよ閉眼し、駅に着くと物憂げに開眼し仕事を再開した。

私は、シモーヌが眼球を舐め回し、眼球に見立てた卵に尿を引っ掛けようとしている場面を想像していた。

ある駅で、座席の小学生はふいに立ち上がり、ドアに向かった。
車内に入り込む乗客たちと逆流しながら、降り遅れまいとドアに近づいた。しかし、彼は降りずにドア近くで立ち止まり人々を困惑させた。

シモーヌはマルセルを想い、浮かんだ卵の上に小便をひっかけていた。

終点に近づき、ますます車内は混雑を深めた。
ドア近くの小男は傍若無人にゲームに埋没していた。
小男にとってゲームのために必要なスペースを確保することが小男に唯一必要なことであった。
やがて小男の突き出す前腕は乗り入れる乗客の干渉することとなり、人々は乗車のために小男の前腕を避けなければならなかった。老人は避けることなく彼の前腕と衝突した。
老人は罵りながら突き進み、彼の前腕を跳ね返した。若い小男は虫のような鳴きながら老人の手を払い返した。
老人もまた奇声をあげながら小男をドアの外へと押し返し、小競り合いとなった。
後から入った若者が器用に両腕を間に挟み込み仲裁を図った。
覚醒した車掌も様子を伺いに来たが、役には立たなかった。
小男も老人も声にならぬうめき声を発し、電車の揺れに身を任せた。
私も含めたその他の乗客は何一つ表情を変えずに、黙って見ていた。

やがて終点に到着し、小男を含めた乗客は物憂げに走り去った。

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