死と花

死と花 

私たちは誕生と死の間で生きている
或はそう都合よく自らを納得させる
ほんとうは生まれると同時に死んでいる
一生涯の すべての永遠なる一瞬一瞬において
私たちは 日々誕生と死とを経験する花であろうとすべきだ
そして花としての生を生きるため
より多くの準備をする者であろうとすべきだ

だから私たちの生は限りあるゆえに
死とは より輝いた花を咲かせるための
友人であり助言者であると考えよ
あなたが永遠について理解し
死の幻想を求めること止めるようになるまでは
このことを考えるがよい
しかし あなたが最初の大いなる幻想を失うその以前には
このことを考えてはならない
それは"生 "という名の幻想である
このことを考えるためには幾度も死に
それを知るために 生きねばならぬからである

1974年12月5日,同タイトルのキース・ジャレットの詩を,翻訳した.Deep Lを使用した上で,筆者による修正を加えた.以下にオリジナルのライナーとして,他サイトに引用されていたものを引用しておく(筆者はこのアルバムを鳥取県米子市角盤町のTSUTAYAで借りた記憶がある.残念ながら購入はしていないため所有もしておらず,文章も,Webを頼らざるを得なかった.ついでに言えば昨今のストリーミングの隆盛で,音楽=楽音または動画コンテンツとなってしまったので,ライナーノーツの存在感はかなり希薄になったと感じている.歌詞も検索で分かってしまう.しかしSpotifyに対価を支払っているものとしては,出演者Personnelとアレンジャー,エンジニア,グラフィックのデザイナー,そして原盤のライナーノーツ!まではすぐに参照できるようになっていってほしい...それがレコードやCDを所有する愉しみのひとつであったのに・・・.ここではなくてSpotifyのカスタマーサービスにでも言うべきことと思うけれども.でも結局,少し調べたら分かってしまうので,Appleの方針のそれと同じで,シンプルがよいということかもしれない.なんでもかんでも書いて情報を盛ると,醜く見にくい絵面になってしまう.デザインとは難しい問題とおもいます.)

Death And The Flower
We live between birth and death
Or so we convince ourselves conveniently
When in truth we are being born and
We are dying simultaneously
Every eternal instant
Of our lives

We should try to be more
Like a flower
Which every day experiences its birth
And death
And who therefore is much more prepared
To live
The life of a flower

So think of Death as a friend and advisor
Who allows us to be born
And to bloom more radiantly
Because of our limits
On Earth

Think of this until you realise
Eternity
And cease to need
The illusion of Death

But do not do this
Before you lose the first great illusion:
The Illusion of Life

Because
To do this
You must die Many times
And live to
Know it

引用元:https://www.wikiwand.com/en/Death_and_the_Flower

Death and the Flower

死と隣り合わせに
生活をしている人には、
生死の問題よりも、
一輪の花の微笑みが身に沁みる

(太宰治『パンドラの匣』)

22,3の頃だったと思う。
2月のある日、私は鴨川を南へと走っていた。
Mozartのsymphonyだかpiano concertoを聞いていた。
ふと、西日に包まれたボケの赤が強烈に私を捉えた。
それは私の認識以前から土手の左手に正しく佇んでいた、に違いない。
その赤の美しさと私自身の無知がないまぜになり、忘我の中恍惚としていた。
しばらく動けぬまま世界と対峙したのち、
名も知らぬ美女に今までの非礼を詫びつつ辞去した。
以来、私の網膜に町中の花が飛び込んでくるようになった。
花がこちらに話しかけてくるようにすら感ぜられる。
勢い、こちらも話しかけてしまう。
今では親友の数は植物の方がずっと多い。

前後して、私は夢の中で首を落とされた。
小屋の中で私は椅子に座らされ、後ろ手に縛られていた。
何やら罪状を読み上げられながら、致し方がないと納得していた。
その後、首は切断された。
私は私の首が落ちる様を見ていた。
首は落ちて地面に着いた。
その瞬間、私は爽やかに覚醒した。
吉夢に違いないと確信しながら。

太宰の観察に科学的な根拠はなかろう。
私にしても、むろん実際に死んだわけではない。
しかし、夢の中で死んだその前後から、花と私が親密になったのは、紛れもない歴史的事実である。

他にも死と花に関する素朴な観察が歴史にはある。

野の百合は如何にして育つかを思へ、労せず、紡がざるなり。
されど我汝らに告ぐ、栄華を極めたるソロモンだに、その服装いこの花の一つにも如かざりき。
今日ありて明日、炉の投げ入れらるる野の草をも、神はかく装ひ給へば、まして汝らをや、ああ信仰うすき者よ。
さらば何を食らひ、何を飲み、なにを着んとて思ひ煩ふな。 

(新約聖書「マタイ伝」第六章)

祇園精舎の鐘の声、諸行無常の響きあり。
沙羅双樹の花の色、盛者必衰の理をあらはす。
奢れる人も久からず、ただ春の夜の夢のごとし。
猛き者も遂にはほろびぬ、偏ひとへに風の前の塵におなじ。

(『平家物語』第一巻「祇園精舎」)

ソロモン王、盛者はそれぞれ抽象と置換してよい。
抽象は見栄え良く耳に心地よい。
しかし、地に足がついていなければプラダのゴミ箱にすぎぬ。
美しい剃髪・僧衣は正覚のシニフィアンではない。
ゆえに、明恵は耳を切り落とした。

具体的なことを具体的に
やっていく他ない

私の恩師はかつて、繰り返し私に説いた。
地に足をつけて歩む他ない。
あらゆる病も死も、明日は、否今日は我が身である。
地に足がつけば、地に咲く花の美しさと儚さをもはや素通りすることなどできぬ。
西方でも上方でも彼岸でもない。我々の生は具体的なこの大地にある。
この大地という不自由の中でこそ、我々という花は咲いて散る。

P.S.
タイトルの”Death and the Flower”はKeith Jarrettのアルバムです。
どなたかどうしてKeithがこのようなタイトルをつけたかご存じの方がおられれば、どうぞ教えてください。邦訳の「生と死の幻想」というのでは納得がいきませぬ。

楽屋裏にて

司祭:ねえねえ、デフォーちゃん
デフォー:なになに、いいワイン入った?
司祭:違うのよ、昼間っからなに言ってるのよ、まじめな話よ!
デフォー:なによなによ
司祭:あのさー、最近若い人が何考えてるか分かんなくってさ。話が全然合わないのよ。
デフォー:あー、若い人難しいよね。もうBTSとか分かんないもんね。
司祭:無神論よ無神論!自分でなんとかなるって思ってるみたいなのよ。危なっかしくて仕方がないわ。
デフォー:それわかるわー、自分で運命を決めるとか思えちゃってるよね。聖書も読んでないでしょ。
司祭:そうなのよ!それよ!聖書全然読まないわよね、ほんとに世も末だわ。
デフォー:わかるわー
司祭:ローマカトリックがいけないのよ、自由意志なんて言い出しちゃって、腹たつわー
デフォー:そこなんよなー。自由意志って言われると若い人にはきいちゃうよね。
司祭:ねえ、ねえデフォーちゃん、あんたちょっとなんか本書いてよ。
デフォー:また藪から棒に。本ってなによ?
司祭:聖書を読まずに自由意志とか言ってると痛い目みるよっていうのがよくわかる本よ。
デフォー:いやいや、そんなの書けないでしょ。
司祭:あんたならできるわよ、小説なんかにしてさ、エンタメっぽく。
デフォー:えー、いや、企画としてはいいかもやけどさ、売れるかねー。
司祭:あんたいっつも飲みながらデタラメなこと言ってんでしょ。ああいう話でいいんだから。あんた才能あるわよ、やんなさいよ。
デフォー:自分で運命をつかもうとしたその先には過酷な現実があった!みたいなことか?
司祭:そうそう。運命を自分でなんて言ってないで、聖書一冊あれば人生なんとかなるっていうのがよくわかるような感じで書いてよ。
デフォー:それやったら、『夜と霧』読ませたらいいんちゃう?地獄のような現実のなかで、人生の意味を問うっていう感じで。
司祭:いや、フランクルちゃんまだ生まれてないから。それに『夜と霧』読んで、じゃあ聖書読むかって気になんないでしょ。
デフォー:それやったら、『生かされて。』はどうよ。過酷な現実のなか、祈りのうちにマリア様が出てきてるやん。
司祭:いや、イマキュレーちゃんもまだ生まれてないから。
デフォー:それやったら、もうキルケゴールでええやん。絶望の仕方もわかるし、キリスト者になろう、ってなるやん。
司祭:生まれてないから。
デフォー:あーみんな生まれてないんかー、やっぱ俺かー
司祭:あんたなのよ、あんたが書くのよ。
デフォー:いけるかも。ちょっとプロット見えてきた。
司祭:え、もう来ちゃったの、すごいじゃないのよ。どんなのよ。
デフォー:いやさー、大航海時代じゃん。若い子で命知らずだと、船に乗って、ブラジルで農園作ったりとか、黒人さらって奴隷にしたりして儲けたりとかはやってんじゃやん。
司祭:うんうん
デフォー:親の言うこと聞かずに船にのっちゃった若い子を主人公にするのわどうよ、いけるかな。
司祭:うわ、もうなんかいい感じじゃないのよ!すっごいデフォーちゃん、やっぱりできるわよ。
デフォー:あーいける気がしてきたー
司祭:過酷な現実みせてやって!
デフォー:無人島に漂流させるか。遭難して死ぬだけやとあっさりやもんなあ。なんかこう、死んだらまだよかったものの、無人島についてもうて生きながらえてまうっていうのはどうかな。
司祭:それいいね、非日常の後に続く、どうしようもない日常、そこで聖書よ!!若気の至りの後には必ず日常のしっぺ返しがくるんだからね!
デフォー:無人島で何年か生活してた奴おらんかった?船長と喧嘩して無人島に置いてかれた間抜け。
司祭:セルカークちゃんでしょ。
デフォー:それそれ。あいつ確か4年くらいやったよな。もっと長い方がいいよな。
司祭:20年くらいにしちゃってよ!舐めてたら現実がどんだけ恐ろしいか見せつけてやって。あと、摂理!摂理ってあるんだ、って分かるようにして。マジで大事だから。
デフォー:摂理かー。確かに、摂理を感じられんことには信仰は深まらんよな。じゃあさ、日付を全部そろえるってのはどう?初めて船に乗る日も、遭難する日も、島を出る日も全部揃える。どうよ。そんな偶然ないやろ。
司祭:あんた天才だわ、デフォーちゃん。あと、ローマ・カトリックの悪口も入れといて。
デフォー:おいおい、注文が多いな。
司祭:ありがとう、デフォーちゃん。今度いいラム酒ももってくからね。

プレ・トラウマティック・オーダー

大学時代に所属していた部活の学生達から相談があると声をかけられた。

部を離れて10年ほどが経過する。
私は平素大学との接点がない。
学生達は大学にいる年配のOBに相談していた。
学年的にもっと自分達に近くて話しやすいOBはいないか。
かくして、私が名指された。

大会に出るためにOBから寄付を得たいがそれをいかんせん。
私は彼らのために酒の場をもうけた。
現役の主将と、次期主将と、引退した学生OBがやってきた。
私は事前に、OBを動かすための文章を準備するようお願いしていた。

大会に出たいが、コロナ禍で収入が減ったという
コロナ禍以前は、OBが集う機会があり、当然それは集金の機会でもあった。
加えて、このコロナ禍のため、大会中の宿泊先が限定されることとなった
これまでのように安宿を自分達で探すことができない。
つまり、コロナ禍で収入は減ったが支出は増えるという。
従って、OBの寄付金もこれまで以上に必要となる。

文章には、そのあたりの経緯が書かれていた。
しかし、そこにはある別の意図についてもたっぷりと文量が割かれていた。

曰く、「大会へ参加するための費用を自らの足で集めるというのは道理かもしれませんが、 ご寄付集めを含め、部に関する様々な部員の負担を積みに積み重ねた結果、部員の減少・部 の衰退に繋がっていると考えます。そのような負担を少しでも減らしたい」
直接挨拶に訪れて集金するという慣習は部の衰退の原因であるらしい。

これはいらない。
コロナ禍で収入は減ったが支出は増えた。
それは事実だ。
しかし、部の衰退については、解釈でしかない。
その解釈に納得しないOBからは金を引き出せない。
なにせ、会いに行くのは面倒だから挨拶に行かないが金はくれ、というわけなのだから、それなりの反発は予想されそうだ。

あろうことか、現役の主将と学生OBが泣き出した。
「これをわかってくれないOB達って一体なんなんですか、もう絶望します」と。
この数年、部員数が著しく減っており、あたかも衰退の一途をたどるようだった
彼らは諸々の重圧に耐えながら、やめていく部員を尻目にみながら、細々と部を維持していた。
私はそのことを多とした。
しかし、寄付金をいつもより集めるには目的の腑分けをしなければならない。

主に学生OBが中心となり「もうそのようなトラウマの被害者を作りたくない。そのためにはどう改革ができるか。向こう10年間後輩がトラウマを」と論陣を張った。大会は2ヶ月後に迫っているというに、10年間のトラウマ防止計画を「今こそ大改革を」と銘打って意気揚々となっていた。
一方で私は、繰り返し、目的を明確にした方がよいと説いた。
OBの行動をどう変えたいのか、
トラウマをわかってもらいたいのか
お金をもらいたいのか

両者を同時に達成できない場合、どちらを優先するのか
それを冷静に考えてみたまえ
トラウマをわかってもらえれば、お金は引き出せなくてもよいのか。
つまり、大会に出なくてよいのか。

何のために何をしたいのかね。
それだけのために4時間費やした。
トラウマを生き抜いた学生OBと現役主将によると、10年間のトラウマ防止計画という大改革は悲願のようであった。
結果的に、私は彼らの抽象性と無邪気さを開始直後にほとんど一撃で粉砕したようだ。
学生OBに至ってはほとんど終始泣いていたと言ってよい
私はここまで努力してきたのに、と泣き喚き
新入部員には一緒に楽しもう、というだけでなく起こりうる辛いことを事前に全て説明して、トラウマの被害者となることを防ぎなさいよ、と次期主将に迫っていた。

現主将は学生OBのトラウマ論に引っ張られていた。
次期主将は具体的なことを具体的に計画していく冷静さを持ち合わせていた。

私は主将と次期主将に告げた。
次相談が必要なら、2人できなさい。
泣きじゃくっていた学生OBには、君はもう来なくていいと。
私は中枢の自立を促した。

それが引き金となったようである。
翌々日のことである。
午前中に私は外来をしていた。
そこへ外線がつながった。
(学生OBの)親と名乗る人が先生と話したいとおっしゃってますが、と交換は言う。
その母親と名乗る女性は、私のことをインターネットで調べて勤務先を知り、電話してきたという。
あの日の翌日、数年おさまっていた娘の希死念慮が再燃している、一体娘とどんな話をしたのかと。今晩、私たち(両親)と会ってもらえないかと。

私は危うくハラスメントの権化となりえた。

トラウマが汎化し常にそれに先回りして対処しようとする現代の生のありようと、そのようなトラウマによる失調を前提として社会を駆動するようになった現代文明をプレ・トラウマティック・オーダーと言うらしい(上尾真道「プレ・トラウマティック・オーダー」. In 田中雅一他編『トラウマを生きる』京都大学出版会, 2018)

若者との付き合い方を考え直さなければならない。
公共性と、それがもたらすリスク。
私はもう昭和の遺物になってしまったのだろうか。

近況

『プライマリ・ケア』という学会誌に、2020年に訪れたパリの記事が掲載されることとなった。
近況を150字で書けと編集部から指示されたので認めた。
せっかくなのでここにも載せておく。
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枝雀の提出した緊張と緩和が単に笑い話ではすまされないと最近考えている。
(身体を含めた)環境とライフステージの変化により主体に緊張が生じる。
高じればゆとりがなくなり乱数もでたらめも笑いもなくなる(中井久夫)。
統合失調症やPTSDではそれが極まる。
感染症、育児(発達障害でも定型発達でも)、終末期においても時に減圧が必要となる。
一切は循環の中にあるのだろうか。

素寒

一日

日野西光尊の「衆生ほんらい仏なり」を読んだり、関山慧玄禅師伝を読んだり、インターネットでゲーム実況動画を聞いたり、ある炎上した配信者を数年にわたり罵倒するスレッドを見たりしている。

苦しみとは日野西が言うように己の心が描き出すのみのものなのだろうか?

仏道にある人はしばしば、世の中のことはすべて自分の心が描き出したに過ぎず、無我になって暮らせばいきいきすると言うのだ。

さまざまな残忍な事件や病気や障害や迫害をうけて人は苦しむのだがそれらは自分の心の捉えようだと言うのだろうか。

幼稚園の時、私はオーストラリア人の神父が師であった。師は怒ったことは一度もない。真実やさしい人であった。

彼はなんらかの癌になり天理よろづ相談所病院にて帰天したのだったが、最後まで痛みにかかわらず微笑み病棟の患者や看護師に優しさを見せていたと言うのは病棟看護師の言葉だ。これは無我の人だったろうか。人が無我になるには神の御助けがなければ無理だと思う。

私は苦しいのである。腰が痛い。眠りが浅い。患者の管理がわからない。必死になって内視鏡を台に吊り下げる。医者になるには頭が悪すぎるように思う。

同期の研修医がたびたび研修の苦しみを訴える。私も苦しい。みなそれぞれに苦しい。

外に光が出てきた。雨は落ち着いてきたのだ。

私は神社に詣でようか考える。しかしこのあと、研修医と昼間から室の内で酒を飲む約束をしている。遠出はしがたい。

床の間に神社の御札を置いて神棚としている。毎日塩と水と米を上げる。手をあわすと心が落ち着くようだが、別に頭が急に良くなったり体の疲れや腰の痛みが取れるわけではない。伊勢の神宮を心に描き、拝殿の前に平伏して額着く想像を描く。「成る」と言われているような気がする。なんだか物事がうまく行く気がするが、苦しみは苦しみのままである。

無我になってひたすら人のために生きるとよいと日野西は言う。人のため人のためというと潰れはしないか。大学の救急の教授は自分が幸せでないと医療なんかできないと言っていた。

私自身が苦しいのに人の苦しみを聞くというのは救いがない。いまは酒はいらない。眠りたい。

空谷子しるす

ある老師の話

その神父は箕面の田舎のおじいさんであって金勘定が好きだというのだ。

「そら楽しみなんてほかにあらへんやん」といいながらヒヒヒと笑うのだ。とんでもない坊さんである。

彼が中宮寺の話をした。

「昔中宮寺に若い男が来たんよ。その男は日がな一日仏さんの前に座って動かんかった」

ワインをのみながら箕面のオッチャンは語る。

「夕方になって小僧さんが門を閉めないとならんのにその男はまだおる。日が傾いていよいよ日没と言う時になってもまだおる。しかたなくもう時間ですと言うと、男はようやく立ち上がって帰っていった。その翌日男は出征して戦地から帰ってこんかった」

神父は赤ワインを飲む。店の電灯がワインの面に映ってきらきらしている。

「僕もややこしいことや嫌なことがあったら中宮寺の仏さんのところに行くんよ」

私の出身は奈良であるから斑鳩はよく知っている。翌日私は法隆寺に向かった。

中宮寺は法隆寺のすぐ隣にあるから、法隆寺の前に車を停めれば歩いていける。法隆寺の拝観料は1500円と極めて高いからそれは入らずに、土塀と石畳の道を中宮寺までてくてく歩く。

中宮寺は尼寺である。

皇室の女性が出家するいわゆる門跡寺院であって、ちいさな寺は全体的に風雅な趣がある。中宮寺の拝観料は600円だ。常識的と言えよう。

本堂は山吹の花に囲まれた池に浮かんでいる。

その中に如意輪観音半跏思惟像がおわします。

蝉が鳴いているのは梅雨が明けたのであった。

池の傍で亀が甲羅干しをしている。

今日はよく晴れた。暑い中に風が吹き抜ける。奈良盆地特有の焦熱が心地よくて助かる。

漆黒の御仏は微妙な表情で衆生を救う手段を考えている。

人間一切が救われることは無いかもしらんが、考え祈ることは…

他人の痛みを取れずとも、我もまた悩み痛むならば…

斑鳩は晴れている。小宇宙のようなきれいな寺と汚くて埃っぽい地べたが混ざる。

野の花が咲いている。

私は腹が減ったから街に向かった。

空谷子しるす

Iが過剰

消耗している.かつて私は自尊感情の塊.それが今は,この荒れた部屋の中身が私の思路思考そのものになった.どうにも言葉が重なる.寝ていても,「To Do リスト」が頭をよぎって目が覚める.本当にそれらはTo Doなのかな.

とにかく,と打ってそれを消した.どうして消したんだろう.兎に角兎に角,どうしてうさぎにツノなんだろう.一々気になってしまう.

消した理由は自分で分かっていて,「すべき思考」とか「Tunnel Vision」とかでまとめられる概念と近いようなそうでもないような,自分を急き立てるような言葉でそれが嫌になって消してしまった.

あと10分で2021年6月1日の22時になる.書いている間に,通り過ぎる.今自分

また手がとまったので,思い立ってそとにでた,夜風がきもちよかった.自動販売機でジュースを買って飲もうと思って出て,実際そのようにした.自動販売機でジュースを買う行為は愚の骨頂.利便性を考慮しても高すぎる買い物だ.それでも今の自分にはスコールが必要だった.愛のスコール(マンゴー).初めて飲んだ.このわざとらしいマンゴー味!(・・・元ネタわかるかな?)

Q先輩がうつになったと教えてくれた.とても苦しいとおもう.この仕事は様々な能力を試される.知識,技術,必要に応じて寝ないこと.眠気を我慢するのは自分にはとても苦痛だ.興奮しているときはいい.興奮して眠くないのは一項にかまわない.ただその次の日とかに後悔することになる.自分を苛む人は真面目な人だ.自分はそこまでストイックになることができない.それはそれでまた,悩むことになってしまう.『生まれつき僕たちは悩み上手にできている』(長い坂の絵のフレーム,陽水).

どうしてどうしてと,おもってもきりがない.ラインの通知がたくさん来ているのは分かっている.でも今はまずは,ここにこうして言葉を・・・書いていくことがきっと何かしかに導いてくれるはずだ.それは自分で自分を選択していくことだ.

もう一度,To doから整理していこう.

その後,返信しよう.

そしたら明日もあるし,寝よう.

(H)

追記

部屋で欲望したスコールというシニフィアンが対象aだったのでしょうか?・・・間違っている気しかしない・・・

先のこと

一寸先は闇というがこれは当たり前のことであって、先のことなど誰もわからぬのである。

先のことはわからぬと言ってしまえばしかし人間社会は成り立たぬから、どうしてもわかる振りをしなければならぬ。あれをする、これをする、「ふつう」ならこれだけのことができる筈だ、してもらわねば困るという風に、世間の平均から推計をつけて、そうして諸予算を組んでいくという次第だ。この次第はそれぞれの仕事、学業、界隈で異なるのであって、難しいのでなかなか私は弁えるに至らぬ。

世の中に優れるということがある。

なにかがよくできるということであるが、なにかよほど変わったこと、たとえばとんでもない良い絵を描くとか、学問上の思いもよらない大発見をするとか、そんな突拍子無いこと以外は、優れるということは本来せねばならんことや期待されたことをよくこなし、その延長も能くすることを言うようだ。

つまり未来を勘定にいれて、その勘定を満たした上で、さらに余分な利益まで出してくれるというのが優れるということかと思う。

誰かが優れていれば人間はみな助かるのである。だからみんな優れる人を褒めるし、優れる人に応分かそれ以上の待遇を与えるわけだ。人間はみな褒められたいし、物欲があったり、万人の福利になりたかったり、自分が人間の間で生きていてよいというお墨付きが欲しかったりするから、どうしても優れたくなる。それでどうしたら優れられるかを考えるのに必死になり、地上を駆け回るのは自然なことかもしれぬ。

イタリアの片田舎、サンジョバンニロトンドの聖人ピオ神父は本当か知らぬがよく人のことを見抜いた。

ある若い神父が、これからローマに勉学に行く。遠くに行くのだから、しばらくピオ殿に会うわけに参らぬから、別れの挨拶に来たと言うたら、ピオ神父はわなわな震えた。

「勉強!それよりあなたは自らの命のことを考えなさい、命が失われたなら、勉強など…」

果たしてその若い神父はすぐ後に頓死した。本当は彼は勉強をしている場合ではなかったのであった。ローマなどではない、本当にこれから自らが行くことになる所のことを考えるべきであった。正確なところは忘れたが、こんなような話であった。

未来のことなど、私はなにもわからぬのである。

それはほんのちょっとのこともわからぬのであって、一寸先は闇なのである。

時間の管理といい、予定の管理といい、自らを研鑽して成長せしむるという。よいことである。

しかし一切は、私はどうしても神様といいたくなるから(べつに神社でも如来でも天の父上でもそこは各人の自由である)、神様からの賜り物と申したくなる。

むろん私もかろうじて人間だから、社会的の事柄はちからの及ぶ限り守るけれども、この一寸先は闇という感覚は自らの根底にあって真実離れぬ。この今、この今をちからの限り懸命するより私にできることは無い。

それが良いとか悪いとか、いずれはこうならねばならんとか、こうせねばならんとか、

さまざまなことがあっても今を生きるよりほかに何もできんのが真実である。

なんぼ経済が卓越しても本当は未来を算盤できんのが真実である。

今、今、今であって、計算できぬ事柄は、祈り、祈り、祈って求めるより他にあるまいというのが、才覚の無い私のような人間の生きる道かなと今の私は考えている。

空谷子しるす

崇める

子供を連れて近所の公園へ出かけた。自転車に乗りたいというので、ほぼ物置兼書斎と化した応接間に収納してあった折り畳み式の補助輪付自転車を周囲に無造作に積まれた段ボールを乗り越えて壁を傷つけないように玄関に運び出す、この作業だけで一苦労だった。子供はペダルを反対向きに漕いで、漕いだ気になっている。私は自転車の背にささっているハンドルを操作して子供を誘導する。ハンドルは馬鹿になっており、右はよいが左は目一杯回してもほんの少ししか方向を変えてくれない。子供は高速でペダルを反対向きに漕ぎ続けている。

一番近所の公園は遊具が工事中であり、遊具の周りがパイロンとバーで囲われている。諦めてもう一つ近所の公園へ行った。ここも滑り台が新しくなっていたがもう工事は終わっている。子供は滑り台が好きなので真っ先に滑るかと思ったら、砂場遊びから取りかかった。小山を作り水をかけると個物が浮かび出てきた。砂の塊かもしれないが動物の糞のようでもあり子供は喜んだ。そのあとは滑り台、ブランコ、シーソー、ウンテイを順にひとしきり利用して帰路についた。

NPO法人設立後初の総会の日であった。流行病のためZoomという遠隔通信のためのアプリケーションを利用し、特定の会場は設けなかった。予約時刻の設定が米国時間になっていたようで定刻に入室できないという自体が発生した。上手くいかないことを前提に30分前に練習時間を作っていたのでiさんが対処してくれた。

電波が悪いのかpcの性能の問題なのか通信は途切れ途切れだった。文字通り間が抜ける、ということが起こる。衣擦れや吐息、ちょっとした仕草等々は当然抜け落ちるが、事務的な話であれば特段の支障はないかもしれない。ただ普段に輪をかけて間抜けになるので話はしづらい。

oさんは神道とケアについて、レクチャーしてくれた。ケガレを排除するという伝統があり神道にはケアが馴染みにくいという。ただケガレという伝統も実は近年のものであり、ターンオーバーも速く、変容への親和性も高いといった指摘もあった。神と共に日々をありがたいと思うことが神道の重要な側面ではないかとoさんはいう。

なんでもかんでも崇めてしまうということには危うさもあるが端的に素敵なことでもあると思う。憑依された人は現代の日本における西洋医学的精神医学ではICDやDSMの手にかかれば、治療の標的となることは明らかであるが、それを医学的に囲い込むことなく崇めてしまう。問題を個人に属する事柄としてではなく、コミュニティの問題として対処していく、という開かれた方向性があるように感じる。

oさんの話を聞くたびに、中井久夫の治療文化論を読み返したくなりうずうずしてくる。それで子供が寝てからこっそり布団から抜け出し、読み返していた。

ひどく大雑把に言えば創造の病い、広くは個人症候群、治療文化の話が書かれている。大切なことは周囲が見放していないことである、というような文言がある。見放すとはどういうことか。問題をコミュニティから切り離し、当人だけの問題と見做すことではないか、関与を否定するということではないか、責任の所在を当人のみに帰属させるということではないか。自由と責任はフィクションの下で機能するが、フィクションのフィクション性を剥奪することはコミュニティとしての変容の拒絶に通じる。

ラカンは不安のセミネールの中で、不安をハイデガー的気遣いSorge、サルトル的真面目さ、フロイト的予期の三方向に分けて述べている。ケアは遡れば、ハイデガー的Sorgeに通じるだろう。死を想うことを神道は忌避するという。生と死や自由と責任、共同性と自律性、時間と空間といいかえてもよいかもしれないが、すべてフィクションだが真に受ける、ありがたく思う、崇め奉る、そうした土壌を神道というのだろうかと徒然に思った。フィクションのフィクション性を暴くということが、王様は裸であると叫ぶことだとしたらそれは大したことではない、というのもそんなこと皆初めから重々承知の上なのだから。フィクションを真に受ける、というのはだから倫理と言ってよいのではないか。裸の王様の大衆に問題があるとすれば、それは信じた振りしかできなくなっていることではないか。

本当に難しいのは疑うことではなく信じることである、というのは少女漫画のセリフからの引用である。

子供が布団の上で叫び出したので、書斎から戻らねばならない。

1歳になったばかりの次女は夜泣き、もうすぐ4歳になる長女は夜驚を起こす。子供は泣き叫び、宥めようとしても手を払いのけ体を押しのける。次女が生まれてから長女と私はリビングに布団を敷いて寝ているのだが、ままままと夜泣き叫びながら寝室のほうを指差している。次女の反対側に寝かせると静かになり寝息を立て始める。私もまた横になる。