当直明けの明け

今日は当直明けの明けだ。

くそ暑い。関西はもう梅雨明けらしかった。私の髪を切ってくれた美容師の人がそう仰っていた。美容院には猫がいた。白くて巨きな男の猫だ。

明けの明けは体が重い。当直は熱中症が5人くらい来た。あとは「1〜2週間前から調子が悪い人」が何人か来た。なんでわざわざ今日くるのだろう。2年目の研修医があなたの愁訴を解決できると思うのか?やれるだけはやります。でもやれるだけしかやれません。あとは知りません。

疲れていると落ち込む。この間デートした人は今週末法事があるらしい。そもそも好きかどうかもわからん。僕が女をえり好みするのが悪いという説は依然として有力だ。

結婚相談所の事務員は「積極的に活動しなさい」を繰り返していた。私に対して具体的な改善点を挙げることはないように思われた。彼女は私のことを「内気で弱気で奥手な男」だと思っているようであり、あらゆる女性のことを「素敵なお相手」として私に薦めてきた。私との相性とかを無視しているように思われた。適当な女性をあてがって、はげましてやれば喜んで食いついてカタがつくと思っているのか?と、私はいつものように被害妄想に火がつき、怒った。怒りの休会届けを提出している。さっさと退会できないのが私の愚かさだ。入会金11万を損切りできない。馬鹿だ。

東近江の山々が漠然とした近江平野にぽこぽこと並び立っている。その奥の鈴鹿山脈は夏の空気に霞んでいる。

むこうのホーム、駅舎の中、街の中に美しい女性は無数にいるのに、私はその誰とも縁がない。

小さい頃から三輪明神の夫婦石に願をかけているが、私の中のきたない心が見透かされて、いまだに縁がない。

大国主命は大変モテたが、たしかに私は彼ほどのカリスマは無いのだ。因幡の白兎神社にも行ったが、私はウサギより猫派だ。

明日から精神科なのだ。明るくなれない。

若い頃の椎名誠みたいになんでもケトバせるようになりたかった。もちろん椎名誠だって悩んだし、苦労はしたのだ。

でも僕も少し苦労したのだから女と付き合えるくらいあっても良くないか。

空谷子しるす

活動報告 2022年6月19日

コロナ禍でWeb上の活動を行っておりましたが,数年ぶりのリアルでの会合となりました.

○ラカンの勉強会
精神科医・思想家であるジャック・ラカンの講義録『不安』(岩波書店)をテキストにした勉強会を行っています.本日からテキストも後半に差し掛かりいよいよ表現が複雑さを増して参りました(汗) 先輩のレジュメを参考に少しずつ噛み砕き,ディスカッションをする中で,以前よりも欠如,対象a(アー),欲望,不安,倒錯,外傷といった概念について親しみを持てるようになって来たような気がいたします.

○映画鑑賞会
続いて映画鑑賞会を行いました.映画については,この映画を推奨してくださったSさんの文章を引用しておきましょう.

(以下引用)皆さんご存知かもしれませんが、ラカンの奥さんは、バタイユの奥さんでした。バタイユの奥さんは、ジャン・ルノワールの映画に出たことがあります。ジャン・ルノワールは、有名な画家オギュスト・ルノワールの息子です。バタイユーラカンの奥さんは、息子ルノワールの中編『ピクニック』で主人公を務めました。この映画、ロケの途中で悪天候に見舞われ、未完成に終わり、そのままお蔵入り。撮影済のフィルムはナチスに没収されてしまいます。戦後、シネマテークフランセーズの館長とプロデューサーがフィルムを集め、ルノワールの承諾を得て、作品を完成させました。ルノワールは作品の完成に寄与しませんでしたが、出来上がった作品はルノワールの傑作のひとつに数えられています。(以上引用終)

小一時間と短いのですが,一つ一つのカットや台詞に暗喩やオマージュが込められております.集中して鑑賞しました.現代の我々が『不安や欲望』といったテーマで映画を作るならばどのような内容にするだろうか?というSさんの問題提起で幕を閉じました.

○報告会
お昼休憩をはさみ(各自が持ち寄ったパンやチーズや缶詰を食べました)午後は近況等報告会となりました.其々の職場での活動や,今後の展望について語りました.日本酒と豆腐,発達と学習,音楽と読経,図書館のあり方などなど多彩なテーマで対話を重ねました.

本日は充実した一日となりました.当初やや長いかと考えていた7時間はあっという間に過ぎてしまいました.

今後とも臨床文藝医学会(りんぶん)を宜しくお願いします.

梅雨

滋賀は梅雨曇りだ。

昨日はマッチングアプリで知り合った人と京都府立植物園に行った。あじさいを一緒に見たのだが、色んな種類があるものだ。私はその人を好きなのかどうかわからない。その人と直接会ったのはこれが初めてだ。感じは悪くないが、私がどうしたいのかまだはっきりしない。考えるともやもやするから考えないようにする。

UNICORNのベスト盤を聴きながら電車は京都に向かう。奥田民生さんが人のライブに出たが、泥酔してろくに歌わなかったと聞いた。その人の歌をYouTubeで聴いたが私の好みではなかった。それで一瞬、奥田民生さんが泥酔してもしかたないかなと思ったが、どんな理由があっても侮辱されることは誰にとっても耐えがたいことだ。まして私は小さいころから同級生、先輩、後輩、先生などさまざまな人からバカにされて来て、バカにされることが死ぬほど嫌になった上、人のことをあまり信じられなくなっているのだから、いくらライブの人の歌がつまらなくて気に入らなくても奥田民生さんの行為を許すわけにはいかない。

たしか夏目漱石が「余は諸君らの台所に卑しいものを届けたことはただの一度も無い」と言っていたような気がした。調べても出ないから私の勘違いかもしれない。ただ、この言葉の表す気持ちは大好きで、卑しくないものを世の中に出すことはとても大切だ。五代目古今亭志ん生が言ったように芸には人間が出る。卑しい人間は卑しい芸になる。軽薄な人間は軽薄な芸になる。かたい人間はかたい芸になる。だから自分の中身を卑しくないようにするのは大切なことだ。自分で「これは卑しくない」などと思っていても、日頃が軽薄だったら出るものは全部軽薄になる。軽薄な芸は見るに耐えないと思う。軽薄な芸を世の中に流して世の中を軽薄にすることに憎しみや腹立ちを覚える。でもそうしたら自分も許せなくなるから面倒だ。自分だって軽薄で卑しい部分が沢山あるからだ。

批判というものは自分に返ってくる。だから人のことは見たくない。見ればさまざまな批判が湧くからだ。批判が湧けば、自分自身にも同じ批判が向いて、生きるのが辛くなるからだ。

私は昨日デートのあと、一人で上賀茂神社に行った。宮では夏越の祓をやっていた。青々した茅の輪はいいものだ。新しい草のにおいと上賀茂神社の境内の川の瀬の音が混ざって私たちの頭のごちゃごちゃを少しだけ風通し良くしてくれる。

梅雨曇りの下で頭と心を悩ませるということはしたくない。先のことを考えると、「こんな生活が一生続くのか」と思うと、誰しもやり切れなくなる。本当は人間の頭で先のことは一ミリも分からないのだ。先のことを考える人間は病気だ。しかも誰もがもっと先のことを考えるように互いに圧力をかけるから、耐えられなくなった人が死んでしまうのは無理もないことだ。

頭が悪くても性格が悪くても体がモヤシでも現在ただ今のことだけ見ておればよいのだ。未来のことも他人のことも見たくない。それはウィリアム・オスラーも言っているし、新約聖書にも書いてあるし、神道でも中今というのだから正しいことだ。

中今を邪魔する魔障は全て滅ぶべきだ。

中今についての調査は進んでいない。

今日は臨床文藝の集まりだ。私は徳利と日本酒を持って行く。割れないように気をつけながら、湿気に満ちた滋賀を南下しながら、結婚したいなあと思いながら。

空谷子しるす

プレ・トラウマティック・オーダー

大学時代に所属していた部活の学生達から相談があると声をかけられた。

部を離れて10年ほどが経過する。
私は平素大学との接点がない。
学生達は大学にいる年配のOBに相談していた。
学年的にもっと自分達に近くて話しやすいOBはいないか。
かくして、私が名指された。

大会に出るためにOBから寄付を得たいがそれをいかんせん。
私は彼らのために酒の場をもうけた。
現役の主将と、次期主将と、引退した学生OBがやってきた。
私は事前に、OBを動かすための文章を準備するようお願いしていた。

大会に出たいが、コロナ禍で収入が減ったという
コロナ禍以前は、OBが集う機会があり、当然それは集金の機会でもあった。
加えて、このコロナ禍のため、大会中の宿泊先が限定されることとなった
これまでのように安宿を自分達で探すことができない。
つまり、コロナ禍で収入は減ったが支出は増えるという。
従って、OBの寄付金もこれまで以上に必要となる。

文章には、そのあたりの経緯が書かれていた。
しかし、そこにはある別の意図についてもたっぷりと文量が割かれていた。

曰く、「大会へ参加するための費用を自らの足で集めるというのは道理かもしれませんが、 ご寄付集めを含め、部に関する様々な部員の負担を積みに積み重ねた結果、部員の減少・部 の衰退に繋がっていると考えます。そのような負担を少しでも減らしたい」
直接挨拶に訪れて集金するという慣習は部の衰退の原因であるらしい。

これはいらない。
コロナ禍で収入は減ったが支出は増えた。
それは事実だ。
しかし、部の衰退については、解釈でしかない。
その解釈に納得しないOBからは金を引き出せない。
なにせ、会いに行くのは面倒だから挨拶に行かないが金はくれ、というわけなのだから、それなりの反発は予想されそうだ。

あろうことか、現役の主将と学生OBが泣き出した。
「これをわかってくれないOB達って一体なんなんですか、もう絶望します」と。
この数年、部員数が著しく減っており、あたかも衰退の一途をたどるようだった
彼らは諸々の重圧に耐えながら、やめていく部員を尻目にみながら、細々と部を維持していた。
私はそのことを多とした。
しかし、寄付金をいつもより集めるには目的の腑分けをしなければならない。

主に学生OBが中心となり「もうそのようなトラウマの被害者を作りたくない。そのためにはどう改革ができるか。向こう10年間後輩がトラウマを」と論陣を張った。大会は2ヶ月後に迫っているというに、10年間のトラウマ防止計画を「今こそ大改革を」と銘打って意気揚々となっていた。
一方で私は、繰り返し、目的を明確にした方がよいと説いた。
OBの行動をどう変えたいのか、
トラウマをわかってもらいたいのか
お金をもらいたいのか

両者を同時に達成できない場合、どちらを優先するのか
それを冷静に考えてみたまえ
トラウマをわかってもらえれば、お金は引き出せなくてもよいのか。
つまり、大会に出なくてよいのか。

何のために何をしたいのかね。
それだけのために4時間費やした。
トラウマを生き抜いた学生OBと現役主将によると、10年間のトラウマ防止計画という大改革は悲願のようであった。
結果的に、私は彼らの抽象性と無邪気さを開始直後にほとんど一撃で粉砕したようだ。
学生OBに至ってはほとんど終始泣いていたと言ってよい
私はここまで努力してきたのに、と泣き喚き
新入部員には一緒に楽しもう、というだけでなく起こりうる辛いことを事前に全て説明して、トラウマの被害者となることを防ぎなさいよ、と次期主将に迫っていた。

現主将は学生OBのトラウマ論に引っ張られていた。
次期主将は具体的なことを具体的に計画していく冷静さを持ち合わせていた。

私は主将と次期主将に告げた。
次相談が必要なら、2人できなさい。
泣きじゃくっていた学生OBには、君はもう来なくていいと。
私は中枢の自立を促した。

それが引き金となったようである。
翌々日のことである。
午前中に私は外来をしていた。
そこへ外線がつながった。
(学生OBの)親と名乗る人が先生と話したいとおっしゃってますが、と交換は言う。
その母親と名乗る女性は、私のことをインターネットで調べて勤務先を知り、電話してきたという。
あの日の翌日、数年おさまっていた娘の希死念慮が再燃している、一体娘とどんな話をしたのかと。今晩、私たち(両親)と会ってもらえないかと。

私は危うくハラスメントの権化となりえた。

トラウマが汎化し常にそれに先回りして対処しようとする現代の生のありようと、そのようなトラウマによる失調を前提として社会を駆動するようになった現代文明をプレ・トラウマティック・オーダーと言うらしい(上尾真道「プレ・トラウマティック・オーダー」. In 田中雅一他編『トラウマを生きる』京都大学出版会, 2018)

若者との付き合い方を考え直さなければならない。
公共性と、それがもたらすリスク。
私はもう昭和の遺物になってしまったのだろうか。

静一郎(4)画集

作者コメント:覚えていない

『コウモリが飛んでいる』

作者コメント:夕日と星とコウモリ(上と下の赤いのが夕日で上の黄色いのが星)

『急須の中にお茶の椅子』

『ひまわり』

作者コメント:右のが開く前で左が花が開いたところ

作者コメント:知らない

『こげているおいも』

『あかおに』

作者コメント:走ってる

『じゅくじゅくはなまる』

作者コメント:歯ブラシ、トイレットペーパー、絵の具とクレヨンで描いた。

覚書3

 今日は何もしていないと思う 思うか思うたけてあろう というのは もう今にも何もおほえていないようなのたから

 メールの文字を見るとこう書かれている。想像するに、私の持っている携帯電話は下の文字を打つパネルが外れており、濁音や半濁音や句読点が容易には打てないようになっている、それで打つのが面倒になったのだろう。それを打っている彼は、おそらく私は、携帯電話をメモ帳代わりにでも使っているようだった。

仮にやまたさんとてもよふへき人は言った たてますか はい すこいてすね はい 歩けますか はい すこいてすね

私はしまんけに歩いた かのしょにとひついてひっくりさせようとおもったか おもいのほかちからかはいらす ふらついて 数歩ていきかあかった 横のまとのそとのは あおそら 木のえた こともの頃 古い図書館てトイレの前のまとのそとからえたかのひ リスか えたを伝って 図書館のまとへへ入りこんてきていたことかあった それをおもいたした わたしはしょうへんをしなから まとのそとの あおそらを なかめていた ししゅうしつてかっこうのしゅくたいをしていたたろうか エアコンかきかす 常に蒸し暑く したしきてからたをあおいたり Tシャツの襟をはたはたさせたり机の足に足を押し当てたりしていた

たれもかれも私からはなれていくのか はしめから私ひとりたったのかもすてにわからない 部屋にひとり 気ついたら夜て 気ついたら朝て 気ついたら昼て 気ついたらたれもおらす まとの外をみると晴れているようたから 外にててみる てんしゃに乗る 駅の名前かわからないから たたたた乗って 乗った駅まて帰り降りようかと思い それも忘れたらしく 知らない駅て降りる 知らないと言っても知っていたかもしれないし おもいたすかもしれないか とにかく今はしらない駅て 降りる 

きっふはとうしたのかと問われる カートはあるのかと問われる わからないと言うと 30分もわからないと言っていたのかしらないか お金を払わせることを諦めたのか横から通してくれる

人か 駅前のすくらんふるこうさてんやほとうきょうやかいたんやひろはに あふれている

肩をむきたしにした筋肉質の男か白い女の肩に手を回して歩いていたり せいふくすかたの中高生か ともたちとうしか わらいなから歩いていたり 少しよたよたしなからろうしんか 杖をついて しめんに向き合いなから 歩いていたり ひろはて スケートホートというのか 薄い板をけとはしてあそんているひとたちかいたり 喫茶店てお茶をのんている あるいは 何かへんきょうてもしていたりパソコンをにらみつけたりしている人たちかいたり 私は河原にてて よこならひのさきをみて 川のなかれをみて 人の横切るのをみて 何か忘れたことも忘れていた 携帯に忘れていることいかいはメモと写真をのこした

(2022/05/29)

さつき

寮の二階に住む一年目の研修医が彼氏を連れ込んだようだ。床の薄いのを知っているから音をひそめているようだが、そのこそこそいうのがかえってこちらの気が引けるから部屋を出た。

今日は三年目の整形外科の先生と会うのだ。彼は初期研修医のころ、指導医からさんざんな言われようだったようだ。人間的にも彼を嫌う人は少なくなかった。いわゆる「だめレジ」扱いだったのかもしれない。いいところも悪いところもある。明日になったら私も彼のことが嫌いになったり、尊敬したりするかもしれない。先のことはわからない。

週末は当直だった。

今日は明けの明けにあたる。体が重い。

「体力のないやつや知力のないやつは医者じゃないヨ」というような雰囲気をまとった人たちは嫌いである。ちいさいころからスポーツも得意で勉強もそこそこできて、生活の不安もない、異性にもそれなりにもてる人間が苦手である。

レキシの名盤「Vキシ」を聴きながらびわこ線は京都に向かう。近江八幡の麦畑は収穫しつつある。刈り取った後は野焼きをする!近江の山々が青く色づいている。

ふと親父のことを考える。

親父は仏典はなんでも読んで、禅なども組み、インド旅行の際は日本の坊さんたちが経が読めんので代わりに読んだ。密教の行に通じ、金剛不動明王経というのかしらないけど、不動明王の護摩なんかはよく夜中やっていたのだ。火は焚かない。商売が不安だから真言を唱えた。

でもなあ、禅や真言じゃ幸せになれないんだよ!護摩をあげて、自力をつくして神仏を動かそうとするほど親父は殺伐とした。殺伐としたおやじが家の中で暴れたのなんて星の数ほどある。だから兄貴は家を飛び出した。商売も金は入っても親族は乱痴気になって濫費した。親父は糖尿病腎症と心筋梗塞で60でみまかったんだから、彼の人生に意味がないわけではなかったけれど、仏教的な面が彼の魂に安らぎを与えはしなかった。僕は数センチ先の間近でそれを全部見ていたのだからな。

いいか、仏教じゃなんにも救われない、すくなくとも原始仏典の素朴な正解以外はなんの意味もないんだ、それだってただ当たり前のことを言っているだけで、今苦しんでる「病人」にはなんの役にも立ちはしないのだ。病人には常識や理屈より「薬」がいるのだ。あたまの良さなんて糞だよ。

私は親父の60年の人生から仏教はだいたい無駄であることを学んだ。そのうえで、私は仏典を読んだり仏様に手を合わせることをしている。祈り以上に意味のあることは無い。だから仏典も読むし仏様に手を合わせる。

でも世の中には禅に救われる人がいる。

箕面の神父が前に言ってた。道は人それぞれだ。オメガ点って、終着点はひとつだから、気に入ったやり方をしていけばいいのだ。みんな勝手にしたらよいのだ。僕をバカにしてもいい。自分がエラいと思っていい。僕だって人を見下したり自分をもののわかったやつだと自惚れているから。矛盾まみれだ!僕もイヤなやつ、みんなイヤなやつで、みんなイイやつなんだ。だから僕は矛盾があるから祈るしかない…

電車は京都に向かって走り続けるから本当にいいものだ。ごちゃごちゃ考えていたって動いてくれるから。僕の考えはいつも同じところを巡っている。これが前に進むときが来てほしい気もする。素敵な彼女ができたら進むかもしれない!もちろんそんなことはないことは知っている。

くだらなくない人間になりたい。「くだる」人間になりたい。おれは何のために生きているのだろう。おれのことを褒めたり、認めてくれる人がいる。うれしいけど理由がわからない。おれのことを嫌ったり、バカにしたりする人が大勢いる。理由はわかるし、納得するけど、腹がたってしかたない。妻もいない。子どももいない。うまいものを食っても、酒をのんでもいっときのことである。そのいっときをちゃんと楽しめたらこんなに空しくないのか。人生が楽しいって、たとえば良寛さんや白隠禅師は生きてて楽しかったのかな。いま生きていたら、有給とって会いに行きたかったよ。新幹線に乗ってな。

世間虚仮、唯仏是真というのは正しい。祈りと善以外に価値のあることなどない。

さつきがまだ咲いてるから五月だなあと思う。五月の光は明るいよ。みんな幸せでいてほしい。僕も含めて。これは本心だ。

空谷子しるす

S先生

S先生が関東から来るから飲まないかとI先生が誘ってくださった。

S先生は小児科医である。しかし消化器内科専門医でもある。

重症心身障害児の成人内科への移行が円滑にいかないことがある。成人内科は先天性疾患がわからない。小児科医は成人疾患がわからない。はざまにある重症心身障害児の人々は、しばしば誰が診るのかが問題となる。それでS先生は小児科専門医を取得した後消化器内科専門医となろうと思った。重症心身障害児の成人疾患を自分で治せるようになるためだ。内視鏡技術を獲得し、自分で重症心身障害児に内視鏡治療を行えるようになるためだ。それですぐに彼は雰囲気のよさそうな某病院の門を叩きに行った。給料はいらないから消化器内科の修行をさせてくれと言った(実際は給料は出たらしい)。

彼は患児に「お前」と言う。患児の親にも「お前」と言う。腹が痛くて学校に行けぬと親が言う。患児の愁訴を親が言う。彼は患児をまっすぐ見て、「で、お前はどうしたいの」と言う。「学校にいきたくない」と言ったりする。「おう、それでいいよ」と言う。彼は患児にしろ、研修医にしろ、考えて行ったことは認める。考えなしの行動は認めない。「腹が痛くて学校いけなくってもいいよ。どうしても本気でやばくなったときは、おれが胃カメラして診てやるから」と言う。内視鏡技術があることで、患児もいざというときは治してもらえると思って安心する。「こどももバカじゃないからさ。でまかせは通じないよ」とS先生は言う。

S先生はいいかげんな処方や指示を嫌う。漫然と3号液が繋がれているのを嫌う。死亡診断書を「作っておきました」と軽々しく言うのを嫌う。死は特別な瞬間である。なぜ診に来ないのか。病棟で彼は亡くなった患者ならびにその家族と向き合った。その患者は彼の担当でない。担当医は来ない。担当医が事前に「作っておいた」死亡診断書があるだけだ。彼は「作っておいた」診断書を破り捨てて一から作った(いまは事前に死亡診断書を作っておく習慣に一定の理解を示している)。

彼は後輩に金を出させない。かならず奢る。良い加減な指示や処方は蹴散らすので、彼の指示を仰ぐために若手が彼の周りに並ぶ。パワハラをしていると彼は言う。しかし逃げ道は残しているから、訴えられたり潰れたりはしないと言う。

彼は小児科医として、総合診療医的性格を有する小児科医として、医療への思いを語る。しかしあくまで「ひとつの意見として聞いてくれ」と必ず言う。

彼は朝誰よりも早く、誰よりも遅い。彼は力にあふれ女性にもてる。貧しい境遇に育った。乗用車に住み、そこから学校に通ったこともある。母子家庭に育った少年である。異様に頭が良く、小学1年次で二次関数を解した。

まずベッドサイドに行けと彼は言う。それで余計な処方がひとつ減るから。とにかくベッドサイドに行けと。研修医はいちばんそれができるしそれでよいと。患者に寄り添うというのは当たり前のことだ。その上で専門家として「指針」を示すのが医者だと。この指針というのは医学的な選択肢を並べ立てることではない。彼は専門家として進むべき道を示すのだ。もちろん相手の意思を鑑みながら、しかも彼は苦しむ人間に道を示すのだ。

「そういう意味では宗教みたいなもんだよ。S教の教祖だよ」とS先生は言う。知識や技術のうらづけはあっても、最終的には「おれを信じろ」ということになるからだ。ことばで人を安心させて導く。しかしことばで導くからこそ、まちがいは起こりうる。だからいつでも全責任をS先生は背負うつもりでいる。

私は、そうすると医者は落語家のようですねと言った。医学知識は古典落語の知識である。古典の知識を知らなければまともに話すことができない。その上で落語家は芸に人間が出る。まじめな人間はまじめな芸になる。人を見下した人間は人を見下した芸になる。芸はごまかせない。医者も同じようですね。診療に人間が出る。たしかな知識をもとにして、その上で話芸で人をよくしていく。

S先生は「よくおれの話を聞いてる」と仰った。

S先生は酒をたくさん飲む。S先生が指導医であったら、とても怖かろうと思った。

空谷子しるす

世界一の紙芝居屋ヤッサンの教え 

安野侑志、髙田真理、『世界一の紙芝居屋ヤッサンの教え』、ダイヤモンド社、2024年
ヤッサンは紙芝居屋さんで今は息子さんのだんまるさんがその意思を引き継いでいる。この本自体は弟子の始毱さんがお師匠の言葉を集め、教えとしてまとめたもの。

教えのいくつかを以下に書き留めておく。


一所懸命やる

「心構え」ではなく「心が前」で臨む

話し合いではなく話試合、まるくおさめるんじゃなく三角におさめていく

過ぎなければ及ばざるが分からない。行き過ぎたら、ちょっと戻ればいい

しょうもないことをたくさん言え日記ではなく日死。一日の葬式、心のオシッコとして書く。一日一日生まれ変わるため

8時間の「自分時間」を確保する

蟻の一穴をあちこちからあけておけばいい。機が熟する、そのときまで

真愛(間合い)。本当の愛というのは相手に伝えるために間を空ける。相手を気遣い、相手の様子を一瞬確認すること

変でもいい。変なものが出てこないと、ずば抜けて面白いものは作れない

9歳の年輪を残した「おとな」になれ。年輪を響かせて、そこから新しいものを生み出していく

世の中そんなに辛く(からく)もない

やりたいことをやるには、いかに「やりたくないことはやらない」でいられるかに尽きる

今日一日をどれだけ大きく喜べるか。今、この瞬間を生きて、未来への「未知の道」を進むのだ


「話し合いではなく話試合、まるくおさめるんじゃなく三角におさめていく」あたりはオープンダイアローグにも通じるものがあると思った。

日死、心のオシッコは私もしてみようと思ったが、怠惰ゆえにできないかもしれない。

間合いでなく、真愛。その一瞥、一瞬のまなざしに真実の愛を感じる。

しびれます。