ある老師の話5

マキシミリアノ・コルベ神父はアウシュビッツで餓死刑に処せられたポーランド人である。彼は妻子あるユダヤ人の身代わりになったのだった。収容所から脱走者が出た際に無作為にて処刑者を10人選ぶこととなった。それで選ばれた者のひとりが妻子ある男で、まだ死にたくない、私には妻子がいるのだと泣き叫んだ。それでコルベ神父は彼の身代わりを申し出たのであった。申し出は許可され彼は他の者と幽閉され餓死刑となった。驚くべきはこの非人道的刑罰に処せられた者はたちまち発狂するのが常であったが、彼は狂うどころか最後まで同室の者らを優しく励まし、祈り、共に歌って過ごしたのである。2週間の後に部屋が開けられたとき彼と3名の囚人はまだ息があった。彼らはフェノールを注射されついに息を引き取ったと言う。

「でもな、コルベ神父ははじめはユダヤ人差別をしていたんやで」

と箕面の神父は言うのだ。

「それが晩年は変わった。みんな完璧やないんやな」

マキシミリアノ・コルベ神父は熱烈なカトリックであり聖母をきわめて大切にする人であった。カトリックに熱心であればこそユダヤ人を嫌うこともあり得ることだったのかもしれないが、義とされる人にユダヤもカトリックも関係無かったのであろう。

「神父は奥さんがいなくて寂しいということはありますか?」

カトリックの司祭らは妻帯は禁ぜられている。

マキシミリアノ・コルベ神父が長崎にいた折、新聞が彼らの禁欲に驚嘆する記事を書いたと記憶している。

「身を焦がす性欲は彼らに無いのであろうか」云々とあり、長崎の人間はコルベ神父たち“聖母の騎士”らの禁欲と快活さを不思議に感じたのであった。

キリスト者の禁欲は常に不思議の徳であり同時に危うさを我々に感じさせる。

2000年代初頭のカトリック聖職者らによる性犯罪の報は世界中に波及し教会に深傷を負わせた。

フランスのアベ・ピエール神父は彼自身の思想としてカトリック聖職者の妻帯を認める旨を著書に書いている。

「そら若い頃は寂しく思うこともあったけどなあ」

神父は何気なく言う。

「70越えたら逆に誰か別の人間がとなりで寝てたら邪魔くさいと思うてるわ」

神父はさまざまなものを乗り越えて来たのだろうが、外皮が鍛えられたのみならずその魂が全く改められたのであろうか。聖パウロの書簡にあるようにキリストによって次第に自らの内側がだんだん変わるということがあるものであろうか。

「2000年代初頭にカトリックの性犯罪が世界的に問題となりました」

と私は言った。

「なぜあんなことが起きたのでしょう?あれに限らずひどい事件や事故が世界中で起きています。なぜ神様は彼らを助けなかったのでしょう」

「なんでやろうなあ」

神父は動揺しない。

「それはわからん。言ってしまえば、それは『私と神様の関係』ではない。『彼らと神様』の間になにがあったのかはわからない。常に私は『私と神様の関係』を考えるしかあれへんな」

福音書にもあるようにキリストは地上に平和をもたらすために来たのではない。キリストは剣を投げ込むために来た。人々は社会的紐帯という幻想から分断され、個々人として神に向き合うのが真実のところであるようだ。それはいっそ「スッタニパータ」のような原始仏教と近くすらある。神道の姿でもあるのではないかと私は思っているが私の考えが正しいかどうかは一生分からぬ。

「常に『神様と私』やな」

神父はそう言って酒を飲む。

空谷子しるす

プロブレムに基づく

素寒さんとの対話のなかで表題が話題になりました.ある患者さんの夫の話です.

その方はもと看護師で,故人の夫は医師でした.満州に生まれ,戦時に医療従事者として務められました.戦後開業しましたが,外科も内科もお産も中絶術までもされたというのです.これにはたまげました.いくらGeneralistでも今の医療現場でアウスはしませんね.そして鼻腔異物や縫合は看護師の方が処置をしていたとのことです.

個人的な話をすれば,私の祖母は,開業したとき(これも戦後すぐ頃のことです)耳鼻科と眼科を掛け持ちしていた,と聞いたことがあります.後ほど耳鼻科だけを,やっていましたが.

H

ぴーかん

ぴーかん

最近よく聞くお経のフレーズを
寝床でおもむろに発してみた

隣の5歳娘がただちに反応する

ぴーかん?

やや遅れて2歳息子も身を乗り出して応じる

ぴーかん!?

二人の嬉々とした声色は新しい玩具を見つけたようだ
言葉は精神にとって玩具のように機能することもある
だじゃれ、連歌、ラップなど玩具性が際立つ

ぽぱーぺ ぽぴぱっぷ

と言えば、谷川俊太郎の絵本だが、玩具そのものである

娘:ぴーかんってなに~?
父:・・・・ぴーかん、のんりき

娘、息子:ぴーかん!

素寒

はたらきつづける

5歳の娘と

娘:あした、おしごとなの?
父:うん、そうよ
娘:え〜、なんで?
父:う〜ん、だって、毎日働かないとお金もらえないものね
娘:はたらきつづけないといけないの?
父:うーん、そうね。ももちゃんは、今日だけご飯食べるの?毎日ご飯食べるの?
娘:毎日たべるよ
父:じゃあ、今日だけ幼稚園に行くの?それともこれからも行くの?
娘:これからもいくよ
父:ご飯を食べるのにも、幼稚園に行くのにもお金を払わないといけないものね
娘:じゃあ、幼稚園のバスにもお金をはらってるの?
父:払ってるよ
娘:ガーン!
娘:お金チョコ買わないと
父:え?
娘:お金チョコ知らないの?イオンで売ってるよ

素寒

ある老師の話4

「オメガ点」ということを彼は言うのである。

「オメガ点」というのはティヤール・ド・シャルダンの言葉であって、私もよくわからぬけれど、「神」と同義であろうか。

ティヤール・ド・シャルダンの著作を真剣にまだ読まぬからよくわからぬ。

さまざまなことがらは究極すると「オメガ点」に至るというのだ。

「僕はティヤール・ド・シャルダンを読まなかったら神父になるのやめてたと思うわ」と彼は言うのだ。

「オメガ点に至るのはなんでもええねん。キリストでも、念仏でも、禅でもいい。神道でもええと思う」

ティヤール・ド・シャルダンはオメガ点は「人間外」の領域だから、人間は漸近的にオメガ点に近づくのみでオメガ点になることはできぬという。その不可能を可能にするには「愛」が不可欠だとそう書いてある。

なぜ愛なのかはわからぬ。本にそう書いてあるのだが、記述をあちこち眺め回したがわからなかった。

「禅は自力の宗教でキリスト教は他力の宗教ですね」

と私は問うた。

「キリスト者のあなたが禅を認めるのは不思議な気もします」

「だからオメガ点なんや」

と神父は穏やかである。

「自力が合う人は禅をやればいい。他力がいい人は念仏でもキリスト教でもいい。行き着くところは同じ。オメガ点や」

神父の飄逸さは群を抜く。

彼の言葉は矛盾にまみれているようでありながら極めて普通であり、毒のようでいながら水のようにすんなりと腑に落ちる。居心地の悪さがなにもないので、朝夕の風のようで不思議この上がない。

「ティヤールドシャルダンは愛が不可欠だと言っています」

と私はまた問うた。

「神父は神様の愛を感じますか?」

神父は日本酒をのみながら何も変わらないのである。

「いつも感じるということはないな」

居酒屋の焼き鳥と日本酒と黒い木の卓と電灯の灯りが我々を灯している。

キリストの話をする席の中にキリストは同席していると福音書に書いてあったことを思う。

「でも神様が自分を愛していることを知っていたらいいんちゃう?」

神父はにこりと笑う。

空谷子しるす

一日

日野西光尊の「衆生ほんらい仏なり」を読んだり、関山慧玄禅師伝を読んだり、インターネットでゲーム実況動画を聞いたり、ある炎上した配信者を数年にわたり罵倒するスレッドを見たりしている。

苦しみとは日野西が言うように己の心が描き出すのみのものなのだろうか?

仏道にある人はしばしば、世の中のことはすべて自分の心が描き出したに過ぎず、無我になって暮らせばいきいきすると言うのだ。

さまざまな残忍な事件や病気や障害や迫害をうけて人は苦しむのだがそれらは自分の心の捉えようだと言うのだろうか。

幼稚園の時、私はオーストラリア人の神父が師であった。師は怒ったことは一度もない。真実やさしい人であった。

彼はなんらかの癌になり天理よろづ相談所病院にて帰天したのだったが、最後まで痛みにかかわらず微笑み病棟の患者や看護師に優しさを見せていたと言うのは病棟看護師の言葉だ。これは無我の人だったろうか。人が無我になるには神の御助けがなければ無理だと思う。

私は苦しいのである。腰が痛い。眠りが浅い。患者の管理がわからない。必死になって内視鏡を台に吊り下げる。医者になるには頭が悪すぎるように思う。

同期の研修医がたびたび研修の苦しみを訴える。私も苦しい。みなそれぞれに苦しい。

外に光が出てきた。雨は落ち着いてきたのだ。

私は神社に詣でようか考える。しかしこのあと、研修医と昼間から室の内で酒を飲む約束をしている。遠出はしがたい。

床の間に神社の御札を置いて神棚としている。毎日塩と水と米を上げる。手をあわすと心が落ち着くようだが、別に頭が急に良くなったり体の疲れや腰の痛みが取れるわけではない。伊勢の神宮を心に描き、拝殿の前に平伏して額着く想像を描く。「成る」と言われているような気がする。なんだか物事がうまく行く気がするが、苦しみは苦しみのままである。

無我になってひたすら人のために生きるとよいと日野西は言う。人のため人のためというと潰れはしないか。大学の救急の教授は自分が幸せでないと医療なんかできないと言っていた。

私自身が苦しいのに人の苦しみを聞くというのは救いがない。いまは酒はいらない。眠りたい。

空谷子しるす

ある老師の話3

キリスト教には謙遜の徳という概念があると聞く。

ことに聖母マリアがその徳を恵んでくださると聞く。

「謙遜の徳と申しますが」

と私は神父に聞いた。

「馬鹿で、無能で、病や障害を抱えていて、人から見下されたり、ものごとが何もうまくいかなくて馬鹿にされたり怒られたり、強烈な無能感に苛まれる時に謙遜などできるでしょうか?そんな時は自らも怒り、悲鳴を上げて押し潰されるのに逆らうしかできないのではないでしょうか」

神父と我々は店を探して東梅田を歩いている。

神父は言った。

「人間てどうしようもないところがあるやん。たとえばどうしても苦手な人とか嫌なことに遭ったら嫌やなとか思うやん」

「はい」

「そんな嫌な心とか嫌な部分が自分にもあると、自分で忘れずにいる。それが謙遜でいいんちゃうかな」

空谷子しるす

ぼちぼち

就寝時、5歳娘と

母:今日忙しかった?
父:ぼちぼちやなあ
娘:ぼちぼちってどういうこと?
父:まあまあってことかなあ
娘:まあまあってどういうこと?
父:うーん・・・ママァ!ってことや
娘:違うでしょ!
父:うーん。6割くらいってことかなあ
娘:6割ってどういうこと?
父:10あったら6くらいってことかなあ
娘:それってどういうこと?
父:うーん・・・
父:どないでっかって聞かれたら、ぼちぼちでんなって答えるねん
言ってごらん、ぼちぼちでんなって
娘:ぼちぼちでんな
父:ちゃうちゃう、ぼちぼちでんな、や。
娘:言ってるでしょ〜
父:いや発音がちゃうねん。ぼちぼちでんな、や。言ってごらん。
娘:ぼちぼちでんな。
父:ちゃう。ぼちぼちでんな、や。
娘:ぼちぼちでんな
父:そういうことや

素寒

こころのかぜ

帰宅後、5歳の娘と

娘:ダニアレルギーってどういうこと?
父:あ-・・・アレルギーかぁ
父:例えば、パン食ったら、ももちゃん、ぶつぶつでてくる?
娘:でないよ
父:中にはパン食ってぶつぶつでちゃう人がおるんよ。そしたら、その人は、パンにアレルギーをもってる、っていうねん。ほんで、ダニアレルギーは、ダニのうんことかにアレルギーをもっちゃうわけや
娘:じゃあ、ももちゃんはパン食べてもいいの?
父:いいよ。ももちゃんはパンにアレルギーないもん。
娘:ふーん。じゃあ、こころが風邪をひくってどういうこと?
父:うーん、心と体があるやん?
娘:うん。
父:心がくしゃみしたり咳したりすることかなあ
娘:ふーん。ももちゃん、こころ好きだよ。
父:あー、それ焼き鳥な。
娘:うん。

素寒