覚書11

彼は言葉を発しなかった。ジャングルのような髪の毛の茂みに蟻が絡め取られていた。同級生の悪戯に少年は静かに涙を流した。悪ふざけが過ぎたと彼らが手をひいたか火に油を注ぐ形となったかは定かでないが、私はその頬をつたう涙のあとだけは覚えている。

彼は何も言わず私が戯言をいうとむくむくと微笑んだ。ほくそ笑んだというほうがふさわしいかもしれない。学校で彼はよく白帳に絵を描いていた。入選したこともあったと思う。

彼がもっと大きくなったときに再会した日のことを想像して、書き物の一部にしたことがあった。若い頃の話。私は彼とドラえもんの学校の裏山のようなところで夕暮れ時を過ごしていた。彼はよく喋るようになっており、ドラムを空で叩いていた。秋の微風を感じ夕日に面していた。鴉の声が聞こえる。木々の葉のそよぎ、小川のせせらぎが聞こえる。

umaはいつもそうやって人に話を合わせたり合わせなかったりして、時々上機嫌にしている、と言いながら彼女が睨みをきかせていることにふと気づいた。地べたに横たわり天井が見える横に彼女の顔があり、名前は忘れたが仮に山田さんとすると山田さんは、「聞き覚えのあるような文字と声と顔つきあわせていつも風とか音とかいい感傷にひたる悪いくせだ」と言ったと思う。umaはいつもそうだと言わんばかりだった。umaとはumanoidのことで本当はumaではないだろう。ただそれを彼女は、名前は忘れたがumaと言ったのだろう。(私の記憶は不鮮明で彼女がumaと言ったのではなかったかもしれない。私がumaと思ったのかもしれない、彼女のことを)

umaはといい彼女は私の手をひいた。umaはこうするのだと言わんばかりに。

ある時は彼女はただひたすら喋り私が食べ終わるのを待っていた。それが彼女の義務なのかもしれず、終始つまらなそうに頬杖をついて眺めており、私がものをこぼすとuma!uma!と言った。言ったように思った。乱暴なてつきで彼女は私のこぼしたものと口周りを拭き取り、「仕事仕事また仕事、遊んではいけない、少なくとも勝つまでは、ろくなことを言わない、そう思うでしょう」と言い私は同意を示すために頷いてみせた。彼女は私の同意には満足しなかったようだが。

言葉を失ったのは私も一緒だった。彼は普通の言葉で考えていたかもしれないし、彼女は普通の言葉で語っていたかもしれないし、私は或いは普通の言葉で考え発声していたかもしれないが、読んでいる人間や聞いている人間は私たちの物したことどもを表層で変換して伝えようとするために、表記されるものがどうなっているか私たちの預かり知るところではなくなっているというわけだった。それも何かを隠そうととしたり、時空を跨ごうとしたり、二重三重に捻れ捩れ元通りにはならずこの現実へ帰ってくるその手前とその後の重なりを重なるものとして或いは重ならないものとして或いは同時に眺めようとして視線が定まらないから、私は彼女に限らずumaともumanoidとも言いがたく、私がそれなのか彼女かそれだったのかわからない次元でぼんやり佇んでいることになったのだろう。

コンピュータの言語変換に抵抗する、それも抵抗とわからぬよう強かに抵抗する、コンピュータに限らずしたためた物をただ届く人に届くよう、届かなくて良い人のもとを風のように通過するように、書くということがあるだろう、語るということがあるだろう。

それもumaだかumanoidだかわからないが、それを書き留めるもの、書き留めさせるものが語り手と一致しない場合は特にそうだと言えるかもしれない。

彼のことを私はかずくんと呼んでいた。仲が良くても人の家に遊びに行くということがなかったから、彼のことは学校の休み時間に話す程度の関係だったが親友だったと思っている。ジャイアンのように心友という人もいるだろう。時空を超えて声もなくいつでもフラッシュバックする友のことだ。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です