神峯山寺

神峯山寺は大阪の高槻から山深いところにある。

開山は役行者といい、伏見宮邦家親王による「日本最初毘沙門天」の親筆が見つかったことで知られる。

結婚云々のことは彼女がさまざまに奔走してくれ、徐々に進んでいた。

彼女は言った。

「結婚式でクイズをするのはどう?たがいの家族のことを出して、丸が多い人は引き出物のお菓子を変えたりして…」

私はいささか難色を示した。あまり当家の人々がそうしたクイズを好むとも思えなかったのもあるが、当家の人々のこまかな性向にさまで関わらぬことで平穏を保っていた私がそのようなクイズになるような事項を考えられるべくもなかった。

「…ならクイズはやめにしよう 手紙の読み上げはどうしよう?」

私は自身は母に手紙にて伝うべきことは何もないと言った。

「なら私は母への手紙を渡すだけにするね…」

彼女は落胆したようであった。

彼女は私の快い同意のもとに催しをしたり二人相互に手紙の読み上げをしたりしたかったのだろう。しかし私はそれらを良いものとは思えず、「いいね」と嘘をつくことはできなかった。手紙を読み上げて泣いたりするのは小さいころから見ていて好きでなかった。結婚する当人とその親にとっては大事なことだが、それほど親しくない他の親族にとっては共感できぬこともあるだろうと思われた。またゲームというものも、大勢と親しむことの苦手な私には小さいころから苦痛であることの方が多かった。

つまるところ私は陰気な性格である。彼女はごく普通の、愛し愛されてきた尋常の人間である。彼女のほうが常識的であり、私のほうが非常識である。しかし世界中の誰でも、私自身ですら、私の価値観をまげることはできない。

私はお寺に詣でることにした。

神峯山寺へは国鉄高槻駅北口から原大橋行きのバスに乗る。十数分揺られるとふもとにつくからそこから歩く。樒のしめ縄をくぐり、もう少し歩けば幽谷の山門が見えてくる。

山の中は涼しかった。晩夏の高槻は街中は暑けれど沢のそばは風が通って心地がいい。

山中は広いわけでもないけれど落ち着いた有様で、みどりの楓が光に透かされて風に揺れているのがとても美しい。

神峯山寺には九頭竜滝があり、行者の方々はここで滝行をするのだそうだ。役行者は葛城山にて修行の折、遠く北の山中にひらめく光を見出してこの九頭竜滝に至り神峯山寺を開いたという。以来神峯山は龍神の坐す山と仰がれている。

このあたりは摂津と山城の国境で古くから交通の開けた土地と見え、古い信仰の場所がいくつもあるようだ。山崎は天王山の式内社酒解神社などもそのひとつだろう。とても興味深くゆかしいことである。

私は寺を辞して山を下った。

高槻の駅前でロッテリアのハンバーガーを買った。彼女がいちばん好きなハンバーガーはロッテリアなのだそうだ。私は十数年ロッテリアを食べておらず、味を思い出したいと思った。

温かくふんわりしたバンズのそれは、ごく普通のおいしいハンバーガーだった。

空谷子しるす

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