4月から始まった研修は糖尿病内科からであった。
オーベンは早口であった。
オーベンというのは指導医という意味の業界用語であり、obenとはドイツ語にて「上に」という意味らしく、研修に入ってはじめて聞いた。じつに化石じみた言葉だ。一体、ドイツ語というのは、森鴎外のように権威的でえらそうに聞こえるから嫌いだ。カタカナ語やアルファベットの略語はなんだかわからぬからきらいだ。
オーベンは早口であった。
早口であったが、怒ったりはしなかった。
「あの、先生、ね、メトホルミンですね、下痢をおこすことはありますが、メトホルミンイコール下痢という図式がね、先生のなかで固定されてはね、それは気の毒と思いますから…」
2型の糖尿病、教育入院の方がはなはだ下痢をしておられたのであった。
ビグアナイド系の薬がときどき消化器症状をもたらすというのははじめて知ったが、一日に十遍以上も下痢をするのは困った。その下痢は結局、メトホルミンを減量したらひいていったのではあったが、よくわからぬことだ。
まったくよくわからぬことばかりだ。
薬の指示も、輸液の指示も、まだするを得ぬ。
なにかが起きても、それが何故のことか、見当がつかぬ。
医師免許がきたら少しはモテるかと思うたが、別段モテはせぬ。
しかし持病の胃食道逆流症ばかりは、
就職したがため、給金が入るようになって、
差し当たり飢え死にの心配がなくなったから、
すこしましになった。
空谷子しるす