そこは大学や病院の同期や先輩医師が集まって、留学や専門の難しい話をしていたのである。
優秀な人間には見えるものが私とは違う。留学には若くなければ良い奨学金も得られぬこと、すでに数本英語の論文を書いていること、ある人はずいぶんと救急の症例をこなしていることなど。
私はとてもつまらなかった。私自身がそれらの話を楽しむ力がなかったのもあるし、参加者の幾人から私が疎まれていたのもあるだろう。
私は疲れた。私はいったい何をすべきなのかはいまだに分からない。
こんなにまで苦労して医者になったのは糊口の術と人のためになる術を得るためだった。その上で生きる上での真実を考えられたら…これに勝ることはない。
理化学は金と知能が必要であり、年取って優秀でもない人間にはそれらは与えられない。哲学や思想も大変難しい。そもそも哲学や思想が生きる上での真実に近いのかもわからない。
私は何をすべきなのだろうか。医者になったときのように、切実に祈らねばその答えは得られないだろうか。
多くの人が私をあるいは軽蔑し、あるいは優秀と誤認するがすぐに間違いに気づいて去って行った。いよいよ祈らなければならない。私の真実のために祈らなければならない。私の中には何もなく、ただ祈る時のみ問題は解決する。
空谷子しるす