難波神社は第十八代のみかどである反正天皇が、父君である仁徳天皇を祀ったことに始まるという。
結婚式の相談に本町まで来た私は早く着きすぎたのであった。
小雨が止まない。大阪の街はしとど濡れ、船場の高層建築は勤め人もおらず北御堂も雨の中である。
御堂筋を車が行く。ひどくうるさい音の二輪車が行く。ベントレーの店の中では高そうな車が睥睨している。親しみ深いのは御堂筋のイチョウの木で、銀杏はもうほとんど回収されたがまだいくつか地面に落ちているから鼻を凝らすとかすかに嗅ぎ慣れた臭い匂いがする。
イチョウはまだ緑色である。
延々と街を歩いて、瀟洒な革鞄の店や、マリメッコの店や、ゴルフ用品の根明な店やを見ていくと、私もしだいに普通の人間の感性が刺激されるようだ。私は街にも慣れず、自然の中で生きるほど強くない。どこにいてもイマイチだ。だから祈る。
難波神社は多くの大阪の寺社と同様、空襲で焼けたから本殿は鉄筋コンクリートでできている。境内のクスノキは奇跡的に焼けなかった。巨きな木姿はとても力強くて美しい。さわるとやんわりとして優しい。
神道はしばしば人間を神に祀るが、それは人間信仰にならぬ。どこか土地の霊や神の霊とへだてが無くなってくるようだ。
何もかも全てがうまく行きますように。
空谷子しるす