めめ

1歳8ヶ月の娘

我が家の食卓は魚が多い。
父が魚好きだからである。
それを反映して、子供たちも魚好きになる。
鯛は乳幼児の食卓への食材としては敬遠されがちである。
何せ骨が硬い。
飲み込めば、内視鏡でもって取り除くなどということが十分ありうる。
あなおそろし。
しかし、虎穴に入らずんば虎子を得られない。
骨周りの肉というものは肉でも魚でも、最も旨い。
かつ、鯛の頭は安い。
安ければ200円で一つの頭を買える。
今では7歳の娘が陣頭指揮をとって、鯛の頭を解剖し、3歳の弟と1歳8ヶ月の妹に安全な魚肉を供給するということが日常となっている。
中でも、コラーゲンが豊富な眼球は希少である。
何せ一つの鯛の頭に、一つしかない。
7歳の姉も1歳の頃からその味を知っており、いつしか「めめ」と呼称するのようになった。
後に生まれた弟もその味を知ることとなり、一つの頭を巡って「めめ」の奪い合いとなる。
自然状態に争いは絶えぬ。希少なものを誰が獲得するかは、親の愛の獲得に等しい熾烈な意味を帯びる。
近頃は鯛の頭を二つ買って帰るようにしている。
1歳8ヶ月の娘も「めめ」と姉と弟が言い合うときには、鯛の頭が食えると理解している。
彼女のなかで、「めめ」は鯛の頭らしい。時に魚全般を指しているようにも思える。
近い将来、リュックの中に鯛の頭を3つ揃えて帰る日がくるだろう。
我が家のヴィタ・アリメンタリアはかくのごとく象られていく。



人間はいつか必ず死ぬんだよ

7歳娘と

父:あの人刺されたんだってね
母:ニュースでやってたね
娘:え、その人死んだの?
父:え、あの、その、全然死んでないよ。誰も刺されてないし、誰も死なないよ。へへへ。
娘:何言ってんの、人間はいつか必ず死ぬんだよ。知らないの。

喉頭けいれん

抜管した患者が喉頭けいれんを起こして再挿管になった。

私は2回目の麻酔科を回っている。上行結腸切除と肝部分切除の症例であった。165cm、85kgであって巨きな男である。挿管はうまく入った。AラインとCVはうまく入らず、上級医が交代した。

10時間を超える手術だった。術野では外科志望の1年目が始終カメラ持ちをしており、極めて役に立っていた。私は自分が1年目に劣ることに情けなく感じた。

手術が終わって抜管という段になり、上級医が呼吸数や覚醒度合いなどを確かめ、口腔内吸引した上で、私に抜管を任せてくれた。私は呼びかけながら管を抜きマスクをあてた。

しかしSpO2が下がるのだ。私はやんわりとマスク換気を始めたがなかなか入らない。経口エアウェイを入れよと言われ、入れてからマスク換気したが空気がやはり入らない。

SpO2は34まで下がった。

上級医はマックグラスで再挿管を試み、なんとか成功した。どうやら声門が完全に閉じていたらしい。らしいというのは、私はちゃんとマックグラスの映像を見ていなかったのだ。邪魔をするのが恐ろしくてやや後ろにいた。

私は何もできなかった。1年目の研修医は始終適切に動いていた。

私はこの事件から声門閉鎖しているときには強めに陽圧をかけ続けたらいつか気道が通ることを教えられた。

私は私の能力が低いことを改めて思う。1年目や同期の研修医は私のことをいてもいなくても大差ない人間と扱っている。無理もない。

私は厚かましく生きていく。

空谷子しるす