「僕は青森で工場長していたんよ。もともとこのあたりの会社やったんけどね」
彼は下部内視鏡を受けるために入院し、その結果多量のポリープや癌らしき組織を認めた方だった。
喉が詰まると言うので上部内視鏡も行ったのであった。その結果大きな潰瘍性病変を認め、生検を行ったのであった。
それから全ての大腸ポリープを切除するため、引き続き入院となっていた。
「ちいさいころは満州でね。引き揚げて北海道に行ったけど身寄りがないので、東京のおばのところに行ったんよ…」
それからこの地の工場に就職し、さらに青森の工場長を任されるに至ったらしい。
「工場が長いからね」
と彼は言った。
「三交代勤務のしんどさはよくわかってるよ。看護師さんは大変や。僕らも夜間の故障があったら、朝が来ても直るまで帰れないからな…」
彼はたいへんな勉強家で、自らに行われた処置や投薬をことこまかに手帳に記録していた。
「若い時からのくせなんよ」
と彼は言った。
「一生勉強や。医者もそうやろ」
上部内視鏡の生検の結果、彼は進行食道癌であった。
主治医から病態の説明を受け、それから私がしばらくしてから彼の床に訪れた。
「食道癌…」
彼は泳ぐ目で宙を見た。
「問題は、どこが原発なのかということや。大腸か、食道か…」
彼はぽろぽろと泣いた。
「どこで手術を受けるのが良いのかな」
彼はいろいろ自ら調べた結果、他県の大学病院に手術を希望して行った。
空谷子しるす