「兄はな、学校に通っている時に汽車に乗ってたんやけどな」
「はい」
「むかしは汽車に人間が乗り切らんので、連結部にぶらさがっていた」
「はい」
「それで兄が通学のときに、連結部にぶらさがっていたら」
「はい」
「すべり落ちて、足が車輪に挟まれたんよ」
「なんと」
「親切な人がいて、兄の傷ついた脚を、履いてた足駄でてこの原理で固定して」
「はい」
「それからリヤカーに乗せて、病院に行ったんよ」
「はい」
「駅からずっと、兄の血が点々と病院までついてね」
「はい」
「私はそのころ××の女学校に通っていたから、知らせを受けて、兄は死ぬんかと思って」
「はい」
「あわてて病院に行った。当時私の家に疎開していたいとこが学校まで来て知らせてくれたんやけど」
「はい」
「病院に行ったら、合羽をひろげた上に兄の脚があって、血の海なんよ」
「はい」
「毎日学校が終わったら、ご飯のお櫃を背負って、防空頭巾を携えて見舞いに行った」
「はい」
「するとB29が飛んできて、私は田んぼのなかに伏せるんよ」
「はい」
「上から見たら丸見えやったろうけどね。田舎やから、爆弾も落とさんと、そのままいってしまう」
「はい」
「そのころは私も少女やからね」
「はい」
「兄を見舞いながら、私は将来看護師になると思ったりもした」
「はい」
「兄が治ったら治ったで、ああ憎たらしい人やとか思って、ふふふ、看護師になろうと思わんくなって」
「ふふ」
「そうやって暮らしてきたから、それは普通のこととは違いますわなあ」
空谷子しるす